日曜日はときどき教師になります

モルモンライフ
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ハロー! 唯一できるモノマネは「できるかな」のゴン太くんです(´・ω・`)
どーも、スピカ(@Spica727_Mormon)です。

 

いつものように日曜日に教会に出席したら、なぜか臨時教師としてみんなの前に立っていたというお話です。まあまあよくあることです。

おっさん

モルモンあるある!

モルモンの教会では皆が教師になります

モルモンの教会における責任とは

モルモンの教会員の役割のひとつに、聖書クラスの教師や、小さな子どもたちに歌を教えたり、集会でピアノを弾くなどといった責任を全員が交代で引き受けるということがあります。

中学生以上の会員は、それぞれ何かしらの責任を引き受けています。仕事の大きさや幅に差はありますが、どの責任が偉いとかそういうのはありません。なぜなら数か月や数年ごとにどんどん交代していくからです。先週まで教会の管理的立場にあった人が、今週から乳幼児クラスで小さな子供たちの面倒をみる、なんてこともよくある話です。私たちは皆、自分が受けた責任を喜んで果たすようにしています。

モルモンにおける教会での責任についての詳しい記事はこちら

 

正直、頼まれるとなかなか断りづらいです

ある日曜日の朝、いつも通りに家族で教会に向かい、建物に入って礼拝堂に座ると、すぐにビショップ(教会建物や組織の管理者、会社でいう支店長)から声をかけられました。ちなみに教会員はお互いのことを兄弟、姉妹、またはその人の持つ責任の名前(ビショップなど)で呼び合います。

 

ビショップ

ねえねえスピカ兄弟、今日の日曜学校の時間ておヒマ?

おっさん

(普通ヒマだとおかしいだろ…)

時間ありますけど何かありました?

ビショップ

よかったーじゃあ聖書クラスの教師やってね。

今日のテーマは詩篇なんだってー。

おっさん

・・・(´・ω・`)

 

まあ、よくあることです。普段は超ベテランの教師がいるのですが、諸事情でお休みでした。わたくしこの教師の兄弟にめちゃめちゃお世話になってるので、それならばと喜んで教師の代役を務めることにいたしました。

 

 

日曜学校教師のすべきこと

そもそも日曜学校とは?

日曜学校とは聖書やモルモン書、または教会の基本原則を学ぶクラスで、年齢層によって異なるクラスが設けられており、そこで教師からレッスンを受けます。レッスンの内容は基本的に全世界で統一されており、いつどこの地域の教会に行っても、同じレッスンが受けられるようになっております。

 

まずはレッスンの準備から

ビショップから依頼を受けてすぐに、教会内にある資料室に行って、聖書クラスの指導用テキストをゲットしました。聖書クラスの教科書はもちろん聖書なのですが、教師用に指導用テキストがあって、どのように授業を進めていけばいいのかが書かれています。指導用テキストがなくてもレッスンはできますが、今回のようにいきなりのレッスンの場合は、指導用テキストは本当に重宝します。

そして聖餐会の最中に、スマホの聖書アプリで詩篇をちょこちょこ読んでおりました。しかーし、ご存知のように詩篇は長い!ダビデが歌う詩歌などが150篇もあるんです!!
時系列に並ぶ物語的な流れでもなく、ひたすら神への賛美の歌が綴られているのです。しかもレッスン時間は40分間しかない(笑)
とにかく指導用テキストと聖書を見比べながら、教えるポイントを頭に入れていきました。

 

生徒のほうが物知りです

いちばんの強敵は、レッスンに参加する生徒の皆さまです。日本における一般的なモルモン教会では、日曜学校のクラスを中学生、高校生、そして成人クラスと分けます。しかし私が通うワード(集会所)では会員数が多いため、さらに成人クラスをおおよそ50歳を境に二つのクラスに分けています。

それで今回は、その50歳以上の生徒たちが参加するクラスを担当するのです。彼らは日本におけるモルモンのレジェンドと呼んでも過言ない兄弟姉妹たちです。そんな強敵を相手に、レッスンをすることになったのです。中には私より倍の年齢の方もいます。私が生まれる前から教会の指導者をしている方もおります。私が小学生だったときのクラス教師もおりました(笑)

そんな感じで準備時間10分で臨んだレッスンでしたが、皆さんがあれこれ発言してくれたり、教え合ってくれたので、とても和やかに終えることができました。むしろ教師をわきに置いて自由にいろいろ進行してくれてました(笑)

 

旧約聖書の詩篇について

ダビデ王の栄光と没落

ダビデという人物をご存知でしょうか。小さな体で、あの大きな体のゴリアテを倒した話や、ミケランジェロの手による彫刻などで有名でしょう。ダビデは幼少期から神に愛され、一介の羊飼いから王にまで登りつめた偉大な人物です。王として、また神の預言者の一人として、非常に大きな力を持ち、すばらしい働きを成していきます。しかしその持てる力の大きさゆえに、誘惑に負けてしまい、大きな罪を犯してしまいます。

 

詩篇の言葉は宝石のように美しい

詩篇では主にダビデによる美しい言葉と、主への賛美を読むことができます。聖書を聖典とするクリスチャンにとって、詩篇の言葉はどれも宝石にように美しく、ひとつひとつが生活の中で、知恵と力と勇気と希望をもたらせてくれるメッセージとなります。

子どものときはよく詩篇の言葉を暗唱するように親や教会の指導者から言われていました。いまでも覚えている聖句も多いです。キリスト教では伝統的に詩篇の言葉を主への祈りとして朗読します。このような朗読はモルモンでは義務とされてはいませんが、敬虔なモルモンの家庭にお邪魔したりすると、目に付くところに詩篇の言葉が書かれたポスターやカレンダーなどが飾られており、普段の生活の中で聖書の言葉が息づいているのを知ることができます。とても素晴らしい習慣だと思います。

 

最後に

無事にレッスンを終えると、生徒の皆さまが集まってきて、感謝や労いやお褒めの言葉をいただきました。で、そんな和やかな雰囲気の中、ビショップがまたやってくるのです。

 

ビショップ

いやいやースピカ兄弟ありがとねー

いいレッスンだったよー

おっさん

いえいえどーもー

(この人レッスンにいなかったんじゃ…?)

ビショップ

それでさー悪いんだけど、

再来週もレッスンお願いねー(真顔)

おっさん

・・・(´・ω・`)マアトツゼンイワレルヨリカイイカ

 

最後までお読みいただきありがとうございました。
あなたにとって今日も明日もよい日でありますように!

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