不良が改心する美談のルーツは聖書にあった

モルモンライフ
帰ってきた息子を抱きしめる父親
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ハロー! デコレーションケーキの2切れ目を食べるのが最近しんどいです(´・ω・`)
どーも、スピカ(@Spica727_Mormon)です。

 

世の中に多くあふれる美談の一つに、不良だった生徒が改心してマジメになるってのがあるじゃないですか。同窓会では昔の先生たちが、「お前立派になったなー。昔はあれこれあれこれ…。」そしてみんなからチヤホヤされるんです。しかしそんな不良に過去いじめられていた生徒や、もともと目立たなかった生徒はそれを見て、「何であいつばっかり…。」と羨むパターンです。実はこのお話のルーツ(かどうかは知りません)が、新約聖書にあるんです。

その名も「放蕩息子(ほうとうむすこ)」
今回はこの物語をおっさんのなりに解説していきます。

 

おっさん
おっさん

学生時代も同窓会でも目立たない存在でした(´・ω・`)

 

 

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「放蕩息子」とは

あらすじ

新約聖書ルカによる福音書15章11~32節に、「放蕩息子」のたとえ話が載っております。簡単に三行でまとめると。

 

・二人兄弟のうち弟のほうが、父ちゃんの財産を半分もらって豪遊しちゃった

・お金をすべて使い切ってしまった弟は、食べるのに困り恥を忍んでお家に帰ってきちゃった

・弟が帰ってきて父ちゃんは大はしゃぎ!パーティーなんか開いちゃった!

・それを見たいつもマジメなお兄ちゃんが、「なんで弟ばっかり!!」と激おこ

 

四行になっちゃいましたが、だいたいこんな感じのお話です。

帰ってきた息子を抱きしめる父親

 

物語の主題

基本的な主題は、弟ばかり甘やかされていると感じている兄に対して、父親が述べるこの言葉です。

「子よ、あなたはいつもわたしと一緒にいるし、またわたしのものは全部あなたのものだ。 しかし、このあなたの弟は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである。」
(ルカによる福音書 15章 31-32節)

このたとえ話は、神の憐れみがいかに大きくて深いか、ということをあらわしています。言うなれば人類皆がこの世を放蕩しており、神はいつでも手を広げて神の元へ戻ることを望んでいるというメッセージとも言えます。短いですが非常にわかりやすい例えで、子どもたちへのレッスンでもよく使われます。

 

個人的感想

お兄ちゃんはもっと評価されていい

でもおっさんはこの話を読むたびに、どうしてもお兄ちゃんのほうに感情移入してしまいます。だって考えてもみてください、毎日毎日一生懸命に働き、父親の言いつけに従順だったお兄ちゃんです。自分のためにはパーティーなんて開いてくれたこともないのに、遊びほうけて大事なお金を使い果たして帰ってきた弟のためにパーティーを開いてしまう父親に対して、不満を抱くのもしょうがないんじゃないかと?

この哀れな兄に対して、「なんだよこのお兄ちゃん心が狭いなー」って感想を持たれてしまうのはあまりにも忍びないです。

 

マジメにコツコツ型には注意する点も

「善人者が馬鹿をみる」世の中であってほしくありません。善人にはそれなりの報いがあって欲しいとは望みます。でもある人が、善人かそうでないかなんて、簡単にカテゴライズできません。人はほとんど白と黒の中間で生きている気がします。
善人でないと判断されたとたんに罰の裁きを受ける、ってのも怖いです。そうなるとやっぱり正義に加えて、憐れみを望んでしまいます。

この話に出てくるお兄ちゃんは、善人の象徴です。父親もこの兄に対して、「わたしのものは全部あなたのものだ。 」と宣言しています。しかし善人であるがゆえに悪に対して厳しくなりすぎてしまい、心にゆとりが無くなってしまう場合もあるのではないでしょうか。

 

世の中のマジメなお兄ちゃんたちへ

聖書やモルモン書には、兄と弟の物語が多くあります。面白いことに、弟のほうが兄よりも秀でてしまうというパターンが多いんです。そして今回の放蕩息子の物語のように、ちょっと損な役割を負ってしまうお兄ちゃんも多いんです。

でもきっと多く持っている人はさらに謙遜さが求められ、少なく持つものに対して憐れみの心を向けなければいけないということなんでしょうね。大きな責任を背負ってる世の中のお兄ちゃんたちもきっと多いことでしょう。

 

最後に

ところでおっさんは弟の立場なんですね。

うちの一番上のお兄ちゃんはいわゆる優等生でした。勉強もかなりできて大学もなかなかのところに進みました。しかしいろいろと思うところあったのか、中学生のころから教会からは足が遠ざかってしまってました。その後、大学入学を機にまた教会に戻り、伝道、神殿結婚、そして現在は地元の教会において、指導者となっています。いまではそんな兄のことを「リアル放蕩息子」と家族は笑い話にしています。

でもそんなお兄ちゃん。ときどき調子に乗って、一度教会から離れて戻ってきた自分のことを、改心した不良のごとく、武勇伝みたく若い子達に話すのを見ると、心の狭い弟はちょっとイラッてきます(´・ω・`)

 

おっさん
おっさん

最後までお読みいただきありがとうございました。
あなたにとって今日も明日もよい日でありますように!

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