モルモン教徒のおっさんが某宗教団体に拉致された話

モルモンライフ
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ハロー! スマートウォッチの充電器が見つかりません(´・ω・`)

どーも、スピカ(@Spica727_Mormon)です。

 

ツイッター見てると「#フォロワーが体験した事が無さそうな体験」というタグがあって、みなさんかなりのオモシロ体験やレアな話を載せていました。

 

わたくし自他共に認めるクリスチャンガチ勢ですが、ありましたよ、ちょっとレアな体験が。というわけでこんなツイートをしてみました。

 

もちろんガチな話なんですが、思いのほか反響があったので、当時のことを少し詳しく書いてみますね。

 

おっさん
おっさん

あのころは若かった…髪も体も…

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某宗教団体に拉致された話 前編

某所の公園での出会い

「モルモン宣教師の1日のスケジュール」でも書きましたが、わたくし20代前半の2年間を国内各地で宣教師として働いておりました。

宣教師は2人組で白いヘルメットに自転車に乗って、いろんなところを訪問しながら人々に教会のことを紹介するお仕事です。そんなわけで、某所に赴任して同僚であるイケメンアメリカ人宣教師と毎日働いておりました。

ある寒い日のこと公園で40代ほどの男性と会い、教会や聖書のことについて話をする機会がありました。男性は仕事の休憩中だったらしく、もっと話を聞きたいがいまは時間がない、今度時間を取るのでまた会ってくれないか?と連絡先を渡されました。

そして後日駅前にあるショッピングセンターの前で待ち合わせすることになったのです。

 

白い車と落とした名札

よく晴れた日の午後、約束どおりにショッピングセンター前で待っていると目の前に白乗用車が止まり、運転席からあの男性が降りてきました。そしてゆっくり話ができる場所があるから車に乗ってくれ、と提案してきます。宣教師の立場としてはどこで話をしてもかまわないのですが、直感的に不安な気持ちがよぎり、ショッピングセンター内の喫茶店とかで話をするのはどうか?と逆に男性に提案しました。

しかし男性は半ば強引に私たちを車に押し込んでいきます。実はこのときアメリカ人同僚も一緒にいたのですが、彼は日本に来てまだ数日しか経っておらず日本語がまったく分からない状態でした。迷いながらも車に乗せられたときに「カランッ」と何かが落ちる音が聞こえました。ドアが閉められ車が急発進します。後ろを振り向くとさっきまで立っていた場所に黒い何かが見えました。

ハッとして左胸に手をやると、スーツの胸ポケットに挟んでいたはずの黒い名札がありません。私の名前が日本語と英語で書かれており、裏には家族の写真シールが貼っているのです。名札を拾うため車を停めるように男性にお願いしましたが、逆にスピードを上げられ知らない景色の中をどんどん進んでいきました。

 

50人の怒れる男たち

当時はまだ携帯電話も一般的でなく、車にカーナビもついていません。私はもちろん同僚も赴任したばかりで駅前以外はほぼわかりません。状況が分かってきたのか不安な顔をしている同僚に小声で語りかけ、落ち着くように言いました。しかしそんな私もかなり緊張していました。

30分ぐらい峠道を走っていると、急に開けた場所になり、目の前に学校の体育館の倍くらいありそうな大きな建物に着きました。その入り口に車を停めた男性は降りるように言い、同僚と私は車のドアを開けました。

すると私たちが来るのを分かっていたかのように別の男性がやってきて、着いてくるように促します。建物のドアの前には某宗教団体の名前が書かれた横断幕があり、どうやらこの日はその団体の年次大会のようなものが催されていることがわかりました。

建物の中には何百人という人々が座っていました。どうやら大会自体は既に終わっていたようで皆雑談をしています。しかし私たちが入ってくるとその視線が一斉に集まり、好奇な目に晒されているようでした。車を運転していた男性と、入り口で待っていた男性二人に促されて、会場の二階に続く階段を上り、いくつかあるうちのひとつの部屋に通されました。

そしてそこで待っていたのは約50人の険しい顔をした男たちでした。

 

飛び交う怒声と突きつけられた質問

二十歳前後の日本人とアメリカ人が、約50人の男たちに囲まれて「お前らはこの町で何をやってるんだ」「今日はこのまま帰れると思うなよ」などと言葉が飛び交い、次第に語気も強くなってきます。日本語が理解できない同僚でさえ、只ならぬ雰囲気にすっかり萎縮しているようでした。

「モルモン教を捨てて我々の教えを受け入れよ」など、他にも聞くに堪えない怒声が浴びせられ、私たちは身の危険を感じ始めていました。するとリーダーらしき年配の男性がいったん男たちを制し、私たちに「なぜずっと黙っている?反論があれば言いなさい」と静かに告げました。あえて黙っていたわけではありませんが、恐怖心で言葉が出なかったというほうが正直なところでした。全員の目が私たちに注がれます。深呼吸して、同僚にアイコンタクトして、ゆっくりとこう言いました。

 

某宗教団体に拉致された話 後編

正直な気持ちを話したら助け舟がやってきた

「私たちは末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師です。教会の教えを広めるためにこの町にやってきました。本日はお招きくださりありがとうございます。お許しをいただいたので少し話をさせて下さい」そう言って立ち上がり、自分が信じていることについて、この町で働けることに感謝していることについて、そして信じていることは違えど皆さんとお会いできたことに感謝していると話しました。

私の言葉が意外だったのか皆だまってしまいました。私に質問した男性が「我々はあんたたちを無理やり連れてきたようなもんだが、それについてどう思ってるんだ?」と聞きました。それを聞いて私は隣にいる同僚に笑うように伝え、私も笑顔をつくって「こんなに立派な施設を見せていただけて感謝しています。それにしても大きな建物ですねー。すごく綺麗でうらやましいです。いろいろ見学させていただきたいですが、実はこのあと大事な予定があるんです。申し訳ないですが駅前まで連れて行っていただけないですか?」と話しました。

私の言葉にあっけにとられたような男たちですが、一人の年配の男性が前に出てきて男たちに向かい静かにこう言いました。「この二人は私と同じアパートに住んでいるんだ。彼らは住人によく挨拶するし、アパート周りをよく掃除してくれている。とてもいい青年たちだ。もう今日はこれくらいでいいじゃろ、帰してやりなさい。」

 

壊れた名札

同じアパートに住むというおじさんの助け舟でしたが、正直面識はありませんでした。しかしその言葉のおかげで私たちは帰ることができました。来た時と同じ男性が運転し、同じ白い車に乗せられ、駅前にあるショッピングセンター前で降ろされました。

運転手の男性に感謝し別れを告げ、車が走り出すと車道に黒いものが落ちているのに気づきました。拾い上げる前からそれが何か分かっていました。車に押し込まれた際にスーツの胸ポケットから外れて落ちた私の名札でした。何度か車のタイヤに踏まれたのでしょう、プラスチックのプレートは粉々になっていましたが、裏に貼っておいた家族の写真シールのおかげで何とか形を保っていました。

非常に落ち込んだ気持ちになりましたが、無事であったことに感謝し、自転車に乗って予定していた用事をこなすためにペダルをこぎ始めました。

 

学んだこと

この話が当時の宣教師仲間の間で広まると、皆から心配もされましたがむしろちょっとした武勇伝のような感じで伝わっていきました。いま思い返すと怖い経験だったのですが、やはり若さゆえか当時は恐れる気持ちよりも、自分たちは何も悪いことはしていない!大丈夫!という変な自信であふれていた気がします。

ひとつ学んだことは、宗教でも何でも自分が信じていることを他の人にも知ってほしい、信じてほしいと思うならば、それは決して強制によってや権力によってや目に見えるような力によって信じさせることはできないということです。私たちを取り囲んだ男たちは、熱心さのあまりあのようなことをしたのかもしれません。しかしそれは決して正しい方法ではありません。そして私自身も自分が信じていることを伝えようとするときは、優しい言葉や柔和な心や暖かい手や忍耐によって伝えなければいけないと学びました。

 

まとめ

実はこの話にはちょっと続きがあって、その日の夜クタクタになってアパートに帰り、エレベーターに乗ろうとすると、なんと私たちに助け舟を出してくれたおじさんも一緒のエレベーターに乗るじゃありませんか!!笑

非常に微妙な空気が流れたエレベーターの中で、おじさんがボソッと「さっきはすまなかったねえ」とつぶやくのです。ひえぇ…と引きつっているとおじさんは自分の部屋の階で降りていきました。よく考えてみたら部屋番号もバレてるのです。私たちはすぐに教会の偉い人に電話をして引っ越しさせてくれ!と頼み込みましたが、結局私と同僚はその後とくに危険な目に会うこともなく、半年間同じアパートで生活したのでした。

もちろんいままで以上にアパート周辺を念入りに掃除しましたよ…(´・ω・`)

 

おっさん
おっさん

最後までお読みいただきありがとうございました。
あなたにとって今日も明日もよい日となりますように!

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